
「ヨーグルトや納豆は体に良いのに、牛乳や豆が腐るとお腹を壊すのはなぜ?」
「パンは発酵させて作るのに、パンに生えるカビはなぜダメなの?」
私たちの食生活に身近な「発酵」と「腐敗」。どちらも微生物が関わっている現象ですが、その結果は大きく異なります。この違いは一体どこにあるのでしょうか。
この記事を読めば、そんな長年の疑問がスッキリ解決します。発酵と腐敗の決定的な違いから、その主役である微生物の驚くべき働き、そして私たちの食文化との深い関わりまで、分かりやすく丁寧に解説していきます。
発酵と腐敗、決定的な違いは「人間にとって有益かどうか」

結論から言うと、発酵と腐敗の根本的な違いは、その現象が「人間にとって有益か、有害か」という視点で判断される点にあります。
実は、科学的に見ると、発酵も腐敗も「微生物が有機物(食品)を分解する」という点では全く同じ現象です。微生物が自身の生命活動のために、食品に含まれる糖やタンパク質などを分解し、その過程で様々な物質を新たに作り出します。
- 発酵: 微生物による分解の結果、人間にとって有益な物質(うま味成分、アルコール、有機酸など)が生成され、食品の味や栄養価、保存性が高まる現象。
- 腐敗: 微生物による分解の結果、人間にとって有害な物質(アンモニア、硫化水素などの悪臭成分や毒素)が生成され、食品が食べられなくなる現象。
つまり、チーズと腐った牛乳を分ける境界線は、あくまで「人間」というフィルターを通した評価なのです。微生物自身は、生きるためにエネルギーを得ているだけで、人間に喜んでもらおうとか、困らせてやろうとか考えているわけではありません。
主役は微生物!その働きを徹底解説
では、主役である「微生物」は、具体的にどのように働いているのでしょうか。
微生物とは、その名の通り、目に見えないほど小さな生き物の総称です。発酵や腐敗に関わる代表的なものには、細菌(乳酸菌、納豆菌など)、酵母(パン酵母、ビール酵母など)、カビ(麹菌など)があります。
彼らは食品を“エサ”として、自身が持つ「酵素」という道具を使って分解します。この分解プロセスを通じて、新たな物質が生み出されるのです。
発酵 | 腐敗 | |
生成される物質の例 | ・アミノ酸(うま味成分) ・乳酸(爽やかな酸味) ・アルコール、二酸化炭素 ・ビタミン類 | ・アンモニア、硫化水素(悪臭) ・腐敗アミン類(有害) ・毒素(食中毒の原因) |
人間への影響 | ・風味や香りが良くなる ・栄養価が高まる ・保存性が向上する | ・不快な臭いや味になる ・有毒化する ・食中毒を引き起こす |
例えば、味噌や醤油づくりでは、麹菌が大豆のタンパク質をアミノ酸(うま味成分)に分解してくれるからこそ、あの深い味わいが生まれます。これが「発酵」です。
一方で、肉や魚を放置した際に発生する不快な臭いは、腐敗菌がタンパク質をアンモニアなどの悪臭成分に分解するために起こります。これが「腐敗」です。
【種類別】発酵を担う代表的な微生物とその役割

私たちの食文化を豊かにしてくれる「発酵菌」。ここでは、代表的な微生物とその働きを見ていきましょう。
乳酸菌:爽やかな酸味と保存性の向上
- 代表的な食品: ヨーグルト、チーズ、漬物、キムチ、日本酒
- 主な働き: 糖類を分解して「乳酸」を作り出します。乳酸は食品に爽やかな酸味を与えるだけでなく、pHを下げることで他の雑菌(腐敗菌)の繁殖を抑え、保存性を高める効果があります。
酵母菌(イースト菌):パンとお酒の立役者
- 代表的な食品: パン、ビール、ワイン、日本酒
- 主な働き: 糖を「アルコール」と「二酸化炭素」に分解します。この働きをアルコール発酵と呼びます。パンが膨らむのは酵母菌が作った二酸化炭素ガスのおかげであり、お酒ができるのはアルコールのおかげです。
麹菌:日本の”国菌”が生み出す「うま味」の源
- 代表的な食品: 味噌、醤油、みりん、日本酒、甘酒
- 主な働き: 日本を代表する発酵食品に欠かせないカビの一種で、日本の「国菌」にも認定されています。デンプンを糖に、タンパク質をアミノ酸に分解する非常に強力な酵素を作り出すのが特徴です。この働きによって、食品の甘みやうま味が引き出されます。
酢酸菌:アルコールをお酢に変える
- 代表的な食品: 食酢
- 主な働き: アルコールを酸化させて「酢酸」を作り出します。ワインや日本酒を放置すると酸っぱくなるのは、空気中の酢酸菌がアルコールを酢酸に変えてしまうためです。
納豆菌:ネバネバパワーの秘密
- 代表的な食品: 納豆
- 主な働き: 煮た大豆に付着して増殖し、タンパク質を分解してうま味成分のアミノ酸を作り出します。また、あの特有のネバネバ成分「ポリグルタミン酸」も納豆菌によるものです。非常に生命力が強い菌としても知られています。
一方で…腐敗を引き起こす微生物とは?
発酵菌が食品を美味しくしてくれる一方で、腐敗菌は食品を劣化させ、時には私たちの健康を脅かします。
腐敗を引き起こす微生物は多岐にわたりますが、代表的なものにはウェルシュ菌、サルモネラ菌、黄色ブドウ球菌、腸炎ビブリオといった食中毒の原因菌が挙げられます。
これらの菌は、食品の栄養素を分解する過程で、アンモニアや硫化水素といった悪臭物質や、ヒスタミンなどの有害なアミン類を生成します。さらに、菌によってはそれ自体が毒素を作り出し、深刻な食中毒を引き起こす危険性もあります。食品の管理が重要なのは、これらの腐敗菌や食中毒菌を増やさないためなのです。
発酵と腐敗は紙一重?環境が運命を分ける

同じ食材でも、発酵するか腐敗するかは、まさに紙一重。その運命を分けるのは、微生物が活動する「環境」です。
具体的には、温度、湿度、酸素の有無、塩分濃度といった要因が、どの種類の微生物が優勢になるかを決定づけます。
- 漬物
野菜を塩漬けにすると、高い塩分濃度に弱い多くの腐敗菌は活動できなくなります。一方で、塩分に強い乳酸菌が生き残り、増殖して発酵を進めます。もし塩分が不十分だと、腐敗菌が優勢になり、腐ってしまいます。 - ヨーグルト
牛乳を40℃前後に保つと、その温度を好む乳酸菌が活発に増殖し、ヨーグルトができます。しかし、常温で放置すれば、様々な腐敗菌が増殖し、腐敗してしまいます。
つまり、発酵食品作りとは、人間が意図的に「発酵菌が優勢になる環境」を整え、腐敗菌の活動を抑え込む作業であると言えるのです。先人たちは経験的にその絶妙なコントロール方法を見つけ出し、多様な発酵食品を生み出してきました。
【まとめ】微生物との賢い付き合い方が食文化を豊かにする
最後に、この記事のポイントをまとめます。
- 発酵と腐敗の違いは、微生物による分解の結果が「人間にとって有益か有害か」という視点で決まる。
- 現象の主役は微生物(細菌、酵母、カビなど)で、彼らが持つ酵素の働きで食品が分解される。
- 発酵菌はうま味や良い香りを生み出し、腐敗菌は悪臭や有害物質を生み出す。
- どの微生物が働くかは、温度や塩分などの「環境」によって決まり、これが発酵と腐敗の分かれ道となる。
発酵と腐敗は、人間と目に見えない微生物たちとの関わりの歴史そのものです。微生物の働きを正しく理解し、その力を上手に活用することで、私たちの食生活はより豊かで味わい深いものになります。
ぜひ、スーパーで発酵食品を手に取った際には、その中で働いている小さな微生物たちの活躍に思いを馳せてみてください。
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